■ Facoat RALLY MONGOLIA 2012 参戦記 最終更新日:2012/12/10

 


痛恨の水没。

Etap7 同時スタート再び

 Etap2の大スタックに匹敵するドラマが展開されたEtap7。この日のスタート時間の差は5分。毎日緊張の連続である。

 この日は前半山岳地帯を通過するルートで、何人かの参加者が口にしていたが、罠に引っかかってしまった。ある地点からGPSの示す方角が我々の進行方向から大きく反れてきた。ラリーでは、ルートブックの指示が大前提であり、たとえばGPSの示す方向が大きく反れていたとしても、ある地点を大きく回りこむルート設定であれば、そのような事も有り得るのでその方向に惑わされると失敗に陥る事がある。
 この日まではGPSの方向が反れた場合、自分のミスであった場合がほとんどだったため、この時ももしかしたら間違ったのかも知れないと不安になり、会長に「間違っているようだからGPSのほうに行ってみよう」と言われ素直に従った。
 しかしこの時に限ってルートは合っていて我々はGPSにだまされた形となった。これがいわゆるラリーにおけるGPSの罠である。

 GPSの示す方角に進むにつれ道は細くなり、どんどん渓谷の中へ進んでゆきついには行き止りになってしまった。そこは小川が流れた跡のようで、それほど幅は無いが、車やバイクが渡れないほどに深くえぐれている。それでも会長は前に進もうと、強引に小川に入り込んで行ってしまった。ナビゲーターとしては「止まってください」といわなければならない場面であったが、ドライバーとナビゲーターの関係より先に勤務先の会長と一従業員の関係があるため、強く言うことが出来なかったのと、何よりも会長のドライビングなら何とかしてくれそうだと思い、流れに任せていると、「ゴン」とバンパーが小川の底に突き刺さり、バンパーを壊してしまった。
 これは後で気がついたことだが、前側のスタビライザーのブラケットが折れており、おそらくこの衝撃によるものだろう。これでは引き返すしか方法が無いので、我々は正しいルートを探しながら、ゆっくりと引き返していった。

 ここまでで大分時間をロスしていたため、二人の中では“もう尾上さんは先に行っているはず”と思い、勝負に少しリードしている余裕もあって、この日の勝負はあきらめて、ゆっくりゴールを目指そうと決めていた。しかしである、RCPの直前、「篠塚さんはお正月、山口百恵さんのお宅でカラオケをしている」などという話で盛り上がる我々の横を尾上さんが猛スピードで追い抜いていった。二人とも「しまったやられた」と思ったが時すでに遅しで、一歩リードを許したままRCPへ。一度ならず二度までもRCP直前で交わされるとは、油断と世間話はラリーには禁物である。

 実はこの日のルートはRCP直後に川渡りがあるが、増水の影響でここを渡るのは危険なので、状況確認後の判断にはなるがRCPまででレースは打ち切り、川渡りを回避するルートでゴールを目指す可能性が高いと発表されていた。
 しかし実際には川は渡ることが可能であるためレースは続行されると現場のスタッフから言い渡され、ここまでの負けを後半で取り返そうと気持ちを切り替えた。

 後半スタート直後、その出来事は訪れた。またしても二台同時にスタートを切った二台のジムニーだったが、やはり加速性能ではこちらが上のようですぐに一歩前に出る。そして、目の前には茶色くにごった濁流がある。これが例の川渡りだ。向こう岸を見ても車が渡ったあとが少なく、何処を渡るべきか判断が出来ない中、すぐ後ろに尾上さんが迫っている。冷静に渡れそうなところを探すべきだったが、後ろから尾上さんに攻められている会長は「行くぞ」と濁流に突進した。
 思った以上に水かさがある。エンジンを全開にするもすぐにエンジンが止まってしまい、万事休す。その横を尾上さん達も必死の様子だったが、尾上さん達は何とか向こう岸までたどり着いた。そして、少しこちらの様子を見ていたがすぐに行ってしまった。非情にも思えるが、会長と尾上さんの間の、「命に関わらないトラブルは助ける必要なし」との約束に基づいた決断であった。

 そして、ここからが命がけの脱出劇の始まりだった。会長「車から降りて、馬でも車でもチャーターして引っ張ってもらえ!」、高橋「はい!」 車から出ようとドアを開けようにもロックが壊れたかのようにビクともしない。高橋「ドアが開きません!」、会長「水圧が掛かっているからだ。思いっきり押せ!」と、思い切り押してみると少しドアは動きだし水が入ってきた。よし!と思った瞬間ドアはすっと開き、一気に水が流れ込んできて乗員の腰の上まで水で満たされた。一瞬身の危険を感じるほどの勢いだった。
 車をチャーターしようと後方に居た地元のランドクルーザーのおじさんにお願いすると、わかったと言っているようだが、急ぐ様子でもなくのんびりしている。「お願いだから早くして」とジェスチャーで示しても、なかなか伝わらない。こんなやり取りをしているうちに数名の参加者が手を貸してくれて、引き上げようと力を合わせて引っ張ってみるものの全くジムニーは動かない。
 例のランドクルーザーはいつの間にか対岸に渡っていたので、早くこっちに来て引き上げて欲しいのだが、川に入って引き上げるのが嫌だったらしく、対岸から引けるように長いロープを探していたようだった。
 どこからともなく、長いワイヤーロープを持ってきたおじさんはやっと我々の車を引き上げてくれた。ほんの数分の事だったのだろうが、果てしなく長く感じられた。

 向こう岸に着いてからは必死の復旧作業。まずスパークプラグを全部外し、シリンダー内の水を抜いた。シリンダー内の水はまるで間欠泉のように勢いよく噴出した。「よくこれだけの水が入ってクランクが壊れなかったものだ」と関心している余裕はない。
 何とかエンジンが掛かる状態まで修理はしたものの、様々な部品に影響が及んだようで、エンジンはボコボコと調子の悪そうな音で回転する。途中で様子を見るために、エンジンオイルの量を点検してみると、少し量が増えて色が白く濁っていた。これは水が混入した証であるためエンジンにとって非常に悪い状態である。すかさずルートブックに目をやると、すぐ先に次の村があるので、ここでエンジンオイルを交換し様子を見る作戦を立て実行した。
 すると徐々にエンジンは調子が良くなり、絶好調にまで回復した。しかしこのときすでに辺りは薄暗く、さらに雲行きも怪しかったため、せっかくエンジンは直ったものの、ペースが上がらない。結局この後、雷、降雨、果てには霰にまで見舞われた我々はいつの間にか真っ暗山の中を進んでいるようだった。
 参加された方しか解らないであろうが、モンゴルの夜は本当に真っ暗で何も見えない。 結局この日一番難しかったとされる分岐点を見つけられずに、右往左往を繰り返した挙句、やっとの思いで見つけ出し、同じくこの地点で迷っていた参加者達と一緒に何とかゴールにたどり着いたのはもう夜中の12時頃だっただろうか。
 尾上さんたちは先に到着してもう眠ったようだった。この日、我々のメカニック達は途中で泥沼にはまり込んでしまったようで、キャンプ地に現れる事は無かった。

 疲れ果てた体で真っ暗闇の雨の中で車を整備することは不可能。簡単に室内だけ次の日の準備をして眠りについた。この日のキャンプもツーリストキャンプだったため、ベッドが用意されていたが、とても寒かったのを思い出す。

 

<<< Etap6 各車にトラブル発生   |    Etap7 同時スタート再び   |    Etap8 予想されたキャンセルと表彰式 >>>   

CONTACT US