■試練の砂漠
 
変化に富んだルートを、力強く駆け抜けたレンジャー。そのタフネスな走りは、ヨーロッパ人選手のド肝を抜いた。
ラリー2日目は、距離も長くなりルート設定もグッとタフになった。振動は、初日よりさらに過激さを増し、ときどき意識が遠のきそうになることさえあった。
ゴール後、車から這いずり出ると、僕のTシャツは破れ、肩とお尻の皮がめくれてしまっていた。つくづく、とんでもない世界に足を踏み入れてしまったものだと思った。しかし、今さら引き返せない。
ゴール後は、車両の整備が待っている。僕は、平衡感覚を失った体をなんとか車体の下へもぐりこませると、慣れない手つきでグリスアップを始めた。
1日目と2日目の成績は、カミオン・クラスでなんとトップタイム。1日目、僕らは順調にゴールにたどり着いた。しかし、ライバルたちはルート見失ってしまったらしい。焦った彼らは2日目に勝負に出た。それが裏目に出て、なんと1台が転倒してしまったのだ。仲間のもう1台が助け起こし、リタイアは免れたものの、彼らは大きく出遅れてしまった。ラリーは本当に、何が起こるかわからない。
3日目は、ハイスピードなルート設定。大きくなだらかに波打つ砂丘を、まるで波乗りでもするかのようにレンジャーは快適に駆け抜けた。

レンジャーにひしひしと迫り来るウニモグの影。パリダカでも上位に顔を出す彼らの実力は侮れない。
ウニモグも、まだまだ勝負を捨ててはいない。彼らの猛烈な追い上げが始まったのである。この日の首位は彼らだった。
ラリー4日目、ルートは折り返し地点であるアブシンベル神殿を目指し、一路東に進路を向ける。いよいよアブシンベルだ。
ウニモグは、この日も全力疾走。マキシマム・アタックである。レンジャーとウニモグとの、熾烈なバトルが始まった。
彼らは、先行する僕らを射程距離に収めると、一気に抜き去り、脱兎のごとく地平線の彼方へ消えた。しかし、すぐに抜き返す。ゴールまで残り50キロを切ったころ、一瞬の判断がこの日の勝敗を分けた。彼らはミスコースをしたのだ。オンルートをキープする僕らが、この日の勝者になるはずだった。
ゴールまで残り10キロ。しかし次の瞬間、勝利は掌にすくった砂のように、指の間からこぼれ落ちていった。タイヤがパンクしたのである。路上に突き刺してあった、細いスチールパイプを踏んだのだ。タイヤには見事な刺し傷があった。
さっそく、タイヤ交換を始めた。交換用のタイヤを荷台から降ろし、2人でネジ穴にタイヤをはめ込もうと試みるも、あまりの重さに作業は進まない。暑さも尋常ではない。息を吸い込むと肺が焼けどしそうだ。噴出す汗。真昼の苛烈な陽光は、確実に水分と体力を奪っていった。思わぬ力仕事に胸が早鐘のように躍りだす。
僕は、あまりの過酷さに折れそうになる心を、必死で叱咤しながら作業を続けた。40分ほどで僕らはタイヤ交換を終え、レースに復帰できた。本当に何が起こるかわからない。しかし、これがラリーなのだ。 ラリーの女神様は、簡単にはアブシンベルに行かせてくれなかった。

■アブシンベルの微笑
 
折り返し地点となったアブシンベル神殿。あまりの巨大さにカメラのフレームには収りきらない。
アブシンベル神殿。辺境に地に築かれたこの4体の巨人像は、古代エジプトのファラオ、ラムセス2世の威信と権力の象徴である。地獄のタイヤ交換という試練を乗り越え、やっとここまで来ることができた。
人間、限界を超えると最後には笑い出すものらしい。ミイラのように干からびた僕らは、冷たいコーラを何本も飲み干しながら、ただただ笑い続けた。
しかし、実際楽しかったのだ。危機的な状況を2人の力だけで克服する。その達成感は、状況が厳しいほど強くなる。この高揚感がラリー中毒を生むのだろう。
日が沈み、漆黒の闇が大地を覆うと、神殿で音と光のショーが始まった。鮮やかに照らし出された大神殿。巨人像の微笑は、僕らを歓迎してくれているようだった。
5日目、いよいよ後半戦が始まる。今度はカイロを目指し、ひたすら北上するのだ。5日目、6日目と、レンジャーは順調に走り続けた。僕と照仁選手との息も合ってきている。
しかし、この頃から僕には優勝に対する色気が芽生え始めていた。確実に迫りくるウニモグの脅威。先行逃げ切りが難しいのは、サッカーの試合と同じだ。心理的なプレッシャーが大きくのしかかる。僕はできるかぎり、優勝を意識しないことにした。焦ったら終わりなのだ。
照仁選手はどうか。彼は、今日も淡々と走り続けている。目の前の優勝という甘い果実に惑わされることなく、平常心をキープしているのだ。照仁選手の凄さは、精神的な強さだけではない。時間と空間、距離に対する感覚が非常に鋭いのだ。それは野性的ですらある。狼の子はやはり狼だったのだ。僕は、彼とチームが組めたことを誇りに感じた。

■勝利の街「カイロ」への凱旋
 
表彰式。主催者ジャッキー・イクスから、優勝トロフィーが手渡された歓喜の瞬間!胸に熱いものが込みあげた。
ラリー7日目。いよいよ最終日だ。しかし、そこには最後のトラップが仕掛けてあった。
スタート後まもなく、椰子の木が生い茂るブッシュ地帯が現れた。そのときだ。先行する2台の車両に惑わされ、ブッシュの迷宮に誘い込まれてしまったのである。自分の未熟さを、まざまざと思い知らされたミスコースだった。
SSを終え、僕らは一路、カイロに向かった。カイロの語源は、カヘーラ、「勝利者」という意味である。僕らは、勝利者の街へ、勝利者となって凱旋した。当初は、想像すらできなかったが、カミオン・クラスで優勝してしまったのである。
最終ゴール地と表彰台は、スタートと同じギザ台地だ。僕らは、レンジャーのルーフに登り、そのときを待った。2人の名前が大きくコールされる。スフィンクスと大ピラミッドをバックに、歓喜のシャンパン・ファイトだ。祝福と喝采の拍手を浴びながら、僕らは最高の瞬間を迎えた。
こうして僕らのチャレンジは、優勝という最高の形で幕を閉じた。伝統あるファラオに、勝者として名前が刻まれるのである。僕はその重みを感じつつも、正直なところ自分の出来に満足できないでいた。最後のミスコースなど、課題が山ほど見つかったからだ。
僕のラリー道は、まだまだ始まったばかりである。

第一章 ファラオ・ラリーの魅力>>>| 第二章 カミオンの衝撃>>>|第三章 勝利の街「カイロ」への凱旋>>>

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